鼓動は鳴り止まない(ジャ十)

「オレ、可愛いのかな」
『気持ち悪い』
「……今の発言がだよな? 普段じゃないよな……?」

肌にカサつく風を感じる。3月だと言うのにまだまだ暖かさは訪れないようだ。電話先の万丈目も同じような冷たさでモノを言うが、なんだかんだオレのことを心配してくれる。オレはそれで暖をとるように携帯を持つ手に力が入る。

「BJ先生、いつも可愛い可愛いって言ってくるんだ」
『恋人なんだろう? ……言ってる姿はあまり想像できないが』
「スッゲー嬉しいし、ドキドキするけどさ……オレだってカッコいいって言われたい時あるんだよなぁって」

んしょ、と座る。家の近くのこの崖は本当に見晴らしがいい。

『決闘でも教えたらどうだ?』
「え?」
『決闘』

……なるほど。確かに人に何かを教えるのはカッコいいと先生を見てたら思う。(医療の豆知識とか教わる度になるほどと思うもんな)ただ、BJ先生が興味を持つかどうかだ。

 

 

「興味がある」
「マジですか」

昼食時。思ったよりアッサリと先生は首を縦に振った。くだらない、と言わなくともキッパリ断られると思っていたけれど……。

「お前さんがそこまで夢中になってカードを触っているのを何度も見ているからな。それにーー」
「?」
「素人の私が実力のある決闘者を倒したら楽しそうだ」

……おぉ、流石BJ先生。人が躊躇うことを簡単に言う。オレは思わず笑みが溢れた。

「先生がオレを倒したらワクワクするな!」
「お前さんも?」
「はい!負けたら悔しいけど……それはそれで楽しい! でもオレが勝つ!!」

思わず大きな声ではしゃぐ。大好きなBJ先生と決闘できるなんて……あ、これがラブ決闘か!?

「先生! 先生! 早速デッキ作ーー」
「今日の診察が終わったらな」

食器を片手に流し台に持っていく先生にブーイングするも、チョップを食らってしまった。まぁ、確かに、お仕事は大事だけどさぁ……!楽しみを目の前にぶら下げられて、こんな仕打ちはないぜ!

「十代先生はどんな教え方をするのかな」

その言葉でまた騒ぎ、チョップを受けた。

「アドバンス召喚にはリリースが必要なんだな」
「そうです、シンクロ……ってのも新しく出来たんですけど……」
「大丈夫だ、教えてくれ」
「はい!」

先生がどんどん話を飲み込んでいくので、説明がスムーズに出来る。オレ自身が説明上手なのかと錯覚するくらい。分かっていたことだけど先生って頭良いなぁ。

「……大体分かった、早速デッキを組んでみよう」
「はい!」

あらかじめ出しておいたデッキの一つに手を伸ばしーー先生の手が触れた。

「あ、へへ、以心伝心ですね!」

あ。BJ先生今絶対可愛いって思ってる。お見通しですよ!と思うけども自身の鼓動は高鳴っていく。

「……先生! デッキ組んだら実戦! 実戦ですよ!」

そうだ実力行使!! 決闘者としてカッコいいところを見せて惚れ直させてやる!!

 

 

ーーお互いライフは200。

「E・HERO フレイム・ウィングマンでダイレクトアタック! フレイム・シュート!!」

トンッ⭐︎とBJ先生のプレイマットを人差し指で叩く。初心者とはいえ一汗も二汗もかくような戦術で”舐めプ”なんてサラサラする気は無かったけど、本気の本気ってやつにならざるを得なかった。今まで決闘してきた人は皆それぞれデッキも人柄も個性があったけれどBJ先生は一際違った。いや、デッキはストラクチャーを多少弄ったやつだけれど……そこじゃなくて。違うのは、手付き。カードに触れる手付きは手術をする時のそれと同じように繊細で、でも何処か力強くて……ああ。こういうところは、

(勝てないな)

って悔しいけど思った。至って普通に触るその手付き。他の人が決闘してもそうなんだろう、他の人も普通だと見えるんだろう。でもオレは。オレだけは。その手を持つ、クールで優しくてちょっぴり天然な先生に惚れてる。こんな手だけで惚れ惚れするんだから、オレは相当”負けている”んだろうな。

「……私は諦めが悪いんだ」

カードを一枚一枚丁寧に回収していく先生。あぁもうこれだけでカッコ良いなぁ!!

「私が勝つまで決闘をやらねばならない」
「! よっしゃ、迎え撃つぜ!」
「今すぐではない。もう少し知識とカードが必要だ」

とんとん、とデッキを綺麗に整えた先生は、

「それで、賭けをしないか?」
「え……」

BJ先生が不敵な笑みを浮かべオレの手をこちらに寄せるようジェスチャーされる。素直に両手を伸ばすとキュッと手首を掴まれた。

「綺麗な手だな」

先生の少し冷たい手が、掴まれただけで敏感になったオレの手を囲う。

「プロ目指さないのか」
「オレは、先生といるだけで……」

オレの指の間を塗り込むように、揉み込むように、

「万丈目、という少年とまた話していたようだな」
「え……? なんで、急に万丈目……ぁっ」

ヘンな感覚が過って思わず目を瞑る。だけど視覚が塞がれた事によって余計に感覚が研ぎ澄まされ、足をモゾモゾさせてしまう。とにかく意識を逸らさなければ。

「賭け! 賭けって何を賭けるんですか!」
「私の手だ」

その返答にオレは暗闇からパッとBJ先生の目を見る。少し眩しいがそれどころではない。

「えええええ!!」
「猟奇的な意味じゃないぞ」
「だ、だって」

BJ先生は今度はギュッと力強くオレの手を握る。

「お前さん、私の手が好きだろう」

バレてる。

「だから……次、私に勝てたらこの手でしたいこと何でもして良いんだ」

手が緩く解かれたが甲の骨ばったところから手首までツー……となぞり、親指の付け根までなぞり上げ、上から先生の手が覆い被さるように指の間を重点的に。焦らすような、責め立てるような、ドキドキを掻き立てるような。

「だが、私が勝ったら……好きにさせてもらう」

その言葉に手を引っ込めようとするけれど、すぐにまた手首を掴まれ今度は右手を弄ばれる。決闘に勝ったのに、賭けもまだしていないのに、もうこんなに頭の中を犯されているような感覚になってしまった。オレが喉を鳴らして降参の一言を発しようとした瞬間。

「例えば。携帯にある連絡先を消すとかもできるーー」

思わず目をぱちくりした。

「……例えば、だ」

さっき引っ掛かっていたことが思い返される。もしかして、もしかして……?

「先生、万丈目に嫉妬してるんですか……?」

図星なのだろう、先生は黙ってしまった。
……確かに、ここに来て安定した生活を送れているから定期的に連絡取っているし、先生とのことでちょっぴり相談に乗ってもらっているし……心当たりがあり過ぎた。

「決闘中の十代は、実に格好良かった」

先ほどの返答ではなく、いきなりの褒め言葉。普段なら嬉しく感じるだろうが逆に頭を混乱させた。

「だから、愛情でなくてもお前さんに惹かれる者がいるのは分かる」
「……えぇと」
「だが、決闘中以外のお前さん。特に私の手を見ている時の表情は私だけのものだ」
「嫉妬、ですよね、あの」

嫉妬している先生、なんて少しオレが優位に立てるはずなのにどんどん恥ずかしくて顔が熱くなっていく。握られている手はなんだか湿っていって、慌てて振り解こうとしても……やはり固定されてしまって。

「先生……その、嫉妬なら嫉妬って言ってくれよ……っ」

そう言いつつ自分でも愉快な表情になっているのが分かる。もう、先生の目は見れない。

「ま、万丈目とは変な関係じゃないですから! オレは! BJ先生が一番、一番大好きですからっ!!」

そしてBJ先生はまだ沈黙を解かない。優位どころか何もかも全て悟られている気がして、体温や何かの鼓動が真っ赤な音を立てる。ここまで来ると泣きそうになってきた。

その時、とても良くないタイミングでその名前が携帯に表示された。だが、しっとりした手が密着さを増幅させ離れることを許さない。

「……先生」
「私の手よりも、彼の言葉のほうが魅力的か?」

……ずるい、ずるすぎる。
BJ先生の目を見た。鋭い赤い瞳。少し眉間に皺を寄せ。とってもかっこいい。でも、可愛いところもあるんだ。オレは何て言えばいいかな。こんな時ヒーローは……でもオレって先生にとってヒーローなんだろうか。ぐるぐる一気に頭を駆け巡る。それくらいに先生の言葉がオレの頭を揺らした。そして、つい言ってしまった。

「先生の手、大好きです。大好きですけどーー」

オレは一呼吸置いて、

「……癖になったら、責任とってください」

言った。言ってやった。BJ先生は少しびっくりした様子だったけれど、すぐ……”色”が混じった空気を漂わせた。あぁ、オレは今可愛いじゃなくて獲物と思われているのかな。手だけ、なのに体全体が掴まれたように動かない。これ以上、このままでいたら、オレは、オレは。

BJ先生は、ゆっくりとまばたきをした。

そしてーー

オレの手をもう一度、そっと握り直した。

 

着信音は、もう止まった。