家族ごっこ(ネジはや)

「この中身は何でしょう!」
「……ケーキ」
「せーかい!」

心地の良い日常と化した少女との生活。少女は箱を両手に持ってえへへ、と笑顔を見せていた。

「流石ネジさん」

気付いたらオレはこの八神家の世話になっていた。いや、その前にも意識はあったが……木の葉にある建物より大きな建物の数々、見知らぬ人々の視線、何もかもが未知と感じた意識。その中の一人だけ、世話焼きで家事が得意な少女ーー八神はやてがオレを家族のように出迎えてくれた。

「忍者って透視できるねんなー」

はやてはテーブルに置いた箱からチョコケーキ、チーズケーキと一つずつ皿に乗せ、オレに取れと促す。ケーキを買ってもらった自体悪いのだが……はやてに先に選んでもらいたい。はやてはこういう些細なことでも自分は後でいいと遠慮する人間だ。前に二人でソファにくつろぎながらテレビを見ていた時、膝枕のシーンが流れてそれに対しええなと呟いていたから試しにと自身の膝を叩いたら真っ赤になるぐらい手を振られた。……はやては意味が違うだのなんだの言っていたが、自分がしたい側だったのだろうか。ともかくオレに気を遣いすぎだと思う。

「透視は白眼を持った者だけだ。だがこれは箱だけで分かる」
「あはは、そやなー」
「はやて。オレは世話になっている身だ、これ以上気を遣わなくていい」

無駄だとは思いつつも、言った。

「私がしたいねん」

はやてもいつもと同じ台詞を言う。

「……ずっと一人やったし、寝る時もお喋りできるの本当に嬉しい」
「……」

はやての気持ちが分かるからこそ、何も言えなくなる。父上と食事をして、修行して、風呂に入って、寝る。そんな当たり前の様に思えた日々がパッとなくなってしまう感覚。

「でもネジさんが元の世界に帰らなかったら家族が困るやんね」

そして、一人ではなくなった時それが失われる怖さも。

「……家には一人だ、宗家の方には従兄弟がいるが」
「え」
「だが、そうだな。オレがいなくなったら泣いてくれる奴は……」
「……」
「目の前に」

ナルトには泣いて欲しくは無い、ヒナタ様は強くなっただろう、リーは……泣くだろうなと色々考えがよぎったが、目の前の“家族”が一番心配だった。

「え、私……」
「お前も、家族と思ってくれてるんだろう?」
「……! うん!」

テーブルに座ってるオレと対になる形でテーブルに車椅子を寄せるはやて。とりあえず近くにあったチーズケーキを取るとはやてはもう片方を引き寄せた。

「……甘すぎるな」

一口。これだけでこんなに甘いのか、と思ったが何故だかフォークが止まらない。

「そう? めっちゃ美味しいけどーーそれにしてもそれそんなに大事なものなん?」

思わず顔を上げる。はやてが自身の額をとんとんと指すのを見て気付く。

「癖だな、つい着けてしまう」
「かっこええけどなー」

後頭部に手をやり額当てを外す、もうこれは不要だ。ーー呪印の消えた額がオレは死んだと理解させた。

 

 

ショッピングモールというところに連れてこられた。この世界にはこの服装は目立つみたいだ。

「見られてるな……」
「その格好変わってるもんなぁ……あ、これとか似合うんちゃう?」

はやては両手にハンガーを持ちオレにひらひらと見せる。その時ひそひそと声がして、思わず眉間に力が入る。仕方がないとはいえ不快だ。

「この世界に合うものなら何でもいい」

センス云々はよく分からない。はやての選ぶ物に間違いは無いだろうという意味で言ったのだが伝わったのか伝わってないのかはやてはそっか、と言ったと思えばカゴに持っていた服と更に二着三着四着と入れてーー五着六着。

「買い過ぎだろう……」

購入後。早速更衣室で着替えたオレにくすぐったい言葉が飛んでくる。

「うん! やっぱ似合うなぁ!」
「……礼を言う」

はやての目線に合わすようにしゃがみ、心からの気持ちを伝える。するとはやてはオレの手をぎゅっと掴み、眩しいくらいの笑顔で頭を振る。

「ええんやええんや! 家族やし!」

素直でいい子だな、と思った。そして言葉の一個一個がオレの心に柔らかく、だけどまっすぐに入ってくる。リーに対するガイ先生の気持ちがこんな感じなんだろうか、となんとなく思った。

「なんだかくすぐったいな」
「繊維が?」

そして素直でまっすぐだからこそか、たまに天然なところが愛おしい。ヒナタ様やハナビ様とはまた違う妹みたいだ。きょとんとするはやてに対して、少し口元が緩むのを感じる。

「そうじゃない。……家族と改めて言われると」
「……なんか私まで恥ずかしなってきた」

車椅子を翻し、先に行こうとするはやて。それに手を添え、はやてに少し荷物を持ってもらい店を出る。

「オレは恥ずかしくない。慣れないだけだ」
「何やその意地ー」
「意地ではない」
「あはは」

 

 

「? あの子……」
「知り合いか?」

はやての目線の先に、綺麗な金髪をなびかせた少女がいた。

「いや、最近よく見かけるなーって。綺麗な子やから覚えてもうた」

少女はケーキ屋の前で顔を上げては俯かせ、を繰り返す。

「ちょっと行ってくる」
「はやて」

オレの手からサドルが離れ、はやては目先のケーキ屋に向かう。オレも少し足早に後を付いて行った。少女は、自分に近付くはやてに気付き少し狼狽えた表情を見せた。

「どうしたん?」

そんな少女に、はやては助けになろうとする。

「あ……ケーキ、欲しくて……」

切実そうな、声。大切な誰かにでもあげるのだろうか。

「そうなんや、どのケーキ?」

少女はガラスケースの中にある苺ショートケーキを指差す。

「そっか。店員さーん! このケーキ欲しいねんて!」

大きな声で奥にいるであろう店員を呼ぶはやて。しばらくすると眠そうにエプロンを着けながら男が出てきた。はやてが苺のショートと注文し「寝てたらこんな可愛い女の子の客逃しますよー」と軽く談笑したかと思えば何故か割り引いてもらっていた。オレも一人暮らしだったがこんなにたくましくなるものだろうか。

「ありがとう……」

感心していると少女がはやてにぎこちなくはにかんで、はやてに頭を下げた。

「ううん! 困った時は助け合いや!」

頭上げて、とはやてが苦笑すると少女はもう一度軽く頭を下げた。

「なぁなぁ、外国の人? どこから来たん?」
「……ありがとうございました」

そう言って足早にその場を去った。わざと、近寄りがたいものを感じさせた……気がした。

「ええんよー!」

はやては気にすることなく手を大きく振る。

「あの子も他のとこから来た子やったりして」
「……何故そう思う?」

少女からはやてに目を向ける。

「冗談や。ただ……寂しそうな子やなとは思ったけど」
「……そうだな」

見慣れたようなあの目。あれは孤独を抱えている者の目。父上の死。うちはサスケ。昔がよぎる。

「よし! また会ったら話しかけよ!」

それを遮るように明るい声がオレの意識を揺さぶる。

「お前は優しいな」

思わず頭を撫でようとしてハッとする。ガイ先生じゃあるまいし。はやては少し首を傾げた。

「私が話したいから話すだけやで」
「それだけじゃない」

ネジさん大袈裟やで、と苦笑するはやての前でしゃがみ、蒼く澄んだ目を見る。

「身寄りのないオレを助けてくれた」

しばらくの沈黙を破ったのははやて。バッと顔を逸らしたかと思えば、

「……それは、人として当たり前やし、それに今となっては、私が、助けられとる」

ぎこちなく喋る様子に胸の奥で温かいものを感じた。

 

 

「思っていたが物が多いな……」

服も日常用品も買ってさてしまうか、と思ったが……意識してみるとはやての家は物が多い。ヒナタ様と同じくらいか?女子はこんなものなのだろうか。

「そう? 普通やと思うけどなー……できた!」

えへへ、と得意げにハンカチを広げて見せる。右端に日向ネジの文字。

「せや、ネジさん今日何食べたい?」

ハンカチに触れようとしたら食べ物の話題。表情も話題もコロコロ変わるなと思ったが、時刻を見ればもうそろそろお腹が空く頃だ。オレは少し考えて、最近食べていなかった好物を言う。

「にしんそば」

あはは、と笑われた。何もおかしなことを言っていないのだが。

「ネジさんらしいわ。それならー……美味しいお蕎麦屋さん、知ってるから行こか!」
「……まだ片付け終わってないぞ」

笑われたことが気になったからか少し冷たい口調になった。だがその後オレの腹が鳴ったことで更に笑われてしまった。

 

 

「はやてちゃん久しぶりだねぇ! 何年振りかな」
「お久しぶりです!相変わらず賑やかやね」

少し賑やかだが心地よく、蕎麦の香りが漂う足を踏み入れただけで分かるような、美味い店。車椅子を片隅に置き店主が慣れたようにはやてを抱えると、奥の座席に座らせた。

「ありがとう!」
「気にしない気にしない。ところで彼氏かい?」

ボンッと音が鳴りそうな程はやての顔が赤くなる。明らかな冗談に過剰に反応するのはノリなのだろうか。

「ち、違います!! 家族です!! お兄ちゃんや!!」

お兄ちゃん。なんだかくすぐったい。店主ははやての頭をポンポンと撫でるがその顔は笑いを堪えている。

思ったが、オレ含め皆はやての頭を撫でたくなるらしい。誰からも好かれるような明るく優しい女の子。ヒナタ様も優しく一途で、強い女性だが、それとはまた違った強さを持っていると思う。妹に対しては甘いんだろうかとも思わなくもないが、とりあえず注文を頼んだ。

「あーもう変なこと言われてびっくりしたわ」

手でパタパタと顔をあおぐ様子をじーっと眺める。

「ん? どうしたん?」
「お兄ちゃんと言われて引っかかった」

はやては目をパチクリと瞬きすると、人差し指を立てた。

「じゃあお父さん?」
「流石にそれはおかしいぞ」

つまらないことだが思わず顔が綻ぶ。はやても同じなのか口元に手を当てクスクス笑う。

「でもお兄ちゃんやで、ネジさん」
「そうだな、だがその言い方が慣れん」
「んー……ネジ兄ちゃん?」
「……」
「ネジ兄さん」
「はやて様」

いや違うか、と付け足すがポカーンとしているはやて。だがすぐにきゃっきゃと笑い出す。

「様!? 何で様なん!?」
「いや、癖で…」
「変なの、ネジさん」
「はやてちゃんと兄ちゃん、できたよ!」

暖かい香りが横からオレ達の会話を遮る。コトン、と置かれたそれはとても美味しそうだった。

「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」

箸を手に取り蕎麦を見る。湯気が香りを運ぶように鼻をくすぐる。そっと麺を掴み、すするとーー

「……美味いな」

思わず声に出た。はやては何か声をかけたと思うのだが、蕎麦の美味さにオレは溺れていた。

 

 

「はー…美味しかった美味しかった」
「すまないな」
「ええんよー」

会計の礼を改めて言うとぱんぱんと軽く腕を叩かれた。

……それにしても本当に美味かった。にしんそばが好きなオレだが蕎麦単体でも好んで通いたいくらいの店だと思う。

「ネジさんネジさん」

香りや見た目は勿論コシがあり、噛めば噛むほどギュッと染み込んだーー

「ちょっとすまんな」
「! す、まない」

ご老人がオレの背をトントンと叩く。そうだ、店の出入り口で突っ立ってしまっていたな。

「ごめんな、おばあちゃん」
「ええよ、ここの蕎麦初めて食べた時はワシも死んだふりどころか死ぬところだったわ」
「まだまだ若いて!」

はやては誰とでも打ち解けるのは長所なのだがそれが最近不安に思える。怪しい奴にも簡単に声をかけそうだ。ご老人は軽く手を振ると去っていった。……オレの脳裏が再び一色に染まる。

「ネジさんよだれ垂れとるよ」

蕎麦、蕎麦、蕎麦。にしんそばが好きなオレだがにしんが6、蕎麦が4の比率で好きだった。だがこの蕎麦を食べたことによってーー……。

「いや待て!! あの方はチヨ様か!!」
「え!?」

蕎麦や平和に埋もれてぼーっとしていたが、あの方は間違いなくチヨ様だ。いなくなった方向に走り、交差点を見回すが人影一つもない。こんな時白眼が使えたら。もしくは蕎麦が不味ければ。いや蕎麦はもういい。一体どういうことだ。

 

 

「へぇ、前の世界の人がいたんや……」
「あぁ」

帰路。もうすっかり三日月の灯りが地面を照らす中、はやての車椅子を押しながら先程の人物について軽く話をした。

「あの蕎麦屋知る人ぞ知るやから」

蕎麦に惚れこんでたらまたくると思うけど、と考え込むようなはやて。はやてには関係ないことで悩ませて申し訳なく思い、何か声をかけようとすると上半身をこちらに向けた。微笑むはやて。その瞳は笑っていなかった。

「そやんな、お別れはいつかやってくるもんな……」

ズキン、と左胸が痛む。

「ネジさんが友達の元に戻れたら、幸せやんね」

オレがいなくなったら、一人のお前はどうするんだ。

「まだ元に戻れると決まった訳ではない、それに」

いや、それは思い上がりかもしれない、だが。

「……言ってなかったがオレは死んでるんだ」

今度こそ、大切な人を守りたい。

「……え」

ポカンと口を開けて、事実を受け止めきれないのか蒼い瞳が小さくぶれる。

「だからここが俗に言う天国という可能性もある。現に見つけたあの方も死んでいるからな」
「そ、そうなん……? じゃあ私も死んでるん……?」
「それは……分からん。お前は元より天界の住民かもしれないしな」

……言っておいてなんだが、自分でも受け止めにくい話だ。不安定な話をしたせいかはやてはまた表情を曇らせる。オレははやて側から右の手すり側にしゃがみ、はやての頭を撫でた。

「ネジ、でいい」
「……!」

そう言うと俯くはやて。突拍子無かったか、と思うとネジ、ネジ…と小さく聞こえた。

「……っうん! その方が家族っぽいもんな!」
「あぁ」

家族と言われた日以来の向日葵が咲きそうな満開の笑顔。

 

 

「だいぶこの世界に慣れてきたと思うんやけど」

いかつい男達が武器で殺し合う野蛮な映画のチャンネルを変えようとした時。隣でポテトチップスを頬張る彼女は言った。

「お祭り行かへん?」

……このドンパチで思い至ったのだろうか。

「あまり乗り気じゃない?」
「いや、行こう」
「ほんま!?」

やったーと大袈裟に手を上げぱたぱた。普段しっかりしているがこういうところは年相応だな。

「蕎麦屋でも思ったが、今まで一人だったからそういう賑やかなところに行かなかったんだろう?」
「あはは、バレてもうた?」
「行けなかった分、行こう」

何だかクサい台詞を言った気がする。

「……なんや、ネジらしくないなぁ……なんか変や」
「そんなに変か」

はやては冗談っぽく、んー……と眉を潜ませた。が、すぐに

「うん。でも嬉しい」

いつもの愛らしい笑顔を向けてくれた。

「人が少ないな」
「四日目やからね、車椅子でも余裕で通れるんよ」

いざとなったらおんぶして店を見て回ろうと思っていたが、すいすいと屋台を見て回れた。だからと言って全く人がいない訳ではないので手に力を入れる。

ここだけ見ると木ノ葉と変わらない。昔リー達と出店したことを思い出す。出店と言っても少々ボケをやり過ぎたオレ達にキレたテンテンがオレ達を射的の的にして売り出した。今となっては賑やかな思い出だ。

「こういう祭りではテンテンが活躍してたな」
「パンダ?」
「人間だ」
「どんな活躍してたん?」
「そうだな……」

はやてにテンテンが射的、金魚掬い、ヒヨコ掬い、たこせんのくじ……は微妙だがそれらで器用さを発揮したことを話した。

「無敵やねんなぁ……あ。ああいう亀掬いとかも?」
「それはあまり思い出したくない」

亀は地味よねー……と、乗り気でなかったテンテンがたまたま口寄せしてたガイ先生の忍亀と喧嘩になりガイ先生が場を和ませようと女装ーー……いや、止めよう頭が痛い。

「あれ、ちょっとやってみようかな」

はやての興味が射的に移る。方向転換をしてその店の前に行くと気前の良さそうな男がびっくりしたような声を出す。

「美人さんだねェ! やってくかい?」
「はい!」
「嬢ちゃんみたいな子にはサービスで三回を五回にしたげよ!」

はやての愛嬌で、というよりは……。オレの思いとは裏腹にはやては楽しそうに鉄砲を受け取る。

「あかん……ぼろ負けや……」
「もう行くぞ」
「……もーいっかいだけ!」

はやてが弾を当てても景品はビクともしない。偶然にしては、おかしい。こういう屋台ではよくあるズルだろうが身内があからさまなものに引っかかっているのは見ていられない。

「あっちに美味しそうなフランクフルトあるぞ」
「ネジだけ行ってて」

そう言ってまた店主に小銭を渡そうとするはやての車椅子を無理矢理引っ張り、店から遠ざける。はやてがこっちを向くがとりあえず美味しそうな店を探すことにする。

「何で止めるん!」
「はやても分かっていただろう、ズルと」
「……そやけど」

不満そうに前を向くはやて。いつもはこんな意地を張らないのにどうしたのだろうか。まどろっこしいのは得意ではないので直接聞くことにする。

「あ!」

はやて、と言い切る前にドーンと気持ちのいい音が耳に残った。頭を上げると色鮮やかで大きな模様が空を描いている。

おぉ、と思わず声が漏れていた。木ノ葉も、この世界でも、変わらないものがあるんだな。

ーーそれと反して変わっていくものもある。ナルトという存在でオレが、リーという存在でオレが。心が満ち足りた。

そして世界もどす黒く変わっていった。

それでもオレには希望はあった。ナルトがオレを倒した日のようにその黒さも白に変わる、と。死者には何も出来ないが、ナルトがきっと救う、救ってくれていると確信を持てる。

ただ、生き返りたいという欲が無いわけではない。

リーがオレを倒すという約束を果たされていない。テンテンの綱手様のようになる姿を見ていない。ガイ先生がカカシ先生に圧勝するのも見ていない。

ガイ班は永遠という言葉だけは変わらず信じたかった。

パァン、と花火が休むことなく打ち上がる。

どこか遠い自分が綺麗なものを見ると浄化されるな、と思った。

「綺麗やなぁ…もっと近くで見れたらええんやけど」

近く。先ほどとは打って変わって花火に向かう人間が多い。車椅子をそっと脇に寄せて、どうしたものかと考えるより先に、

「……あの丘から見てみるか」

見渡したら丁度景色の良さそうな丘が見えた。

「あそこ車椅子じゃなくても通れなーーって、ネ、ネジ?」

はやてをひょいと持ち上げる。この動作はもう慣れたものだ、だが何故かはやてはわたわたと慌てる。嫌なのか、と聞くとそうじゃないけどっと今度はもじもじと顔を背ける。

「怖かったら掴まっておけ」

地面から離れ、木々を通り抜ける。胸元に抱きつくその子は始終無言だった。

「はやて、大丈夫か」
「だ、大丈夫や」
「顔上げろ」

おずおずと顔を上げるはやて。その様子に高いところは苦手だったか、と思ったがすぐに華やかな表情に変わる。

「綺麗や……」

呟く彼女は自然と抱きついていた手を緩め花火の方へ身体を向ける。はやてはしばらく花火を眺めていたがふと、オレの名前を呼んだ。オレはその言葉の続きを待ったがなかなか出てこない。だが急かすような言葉を出す気にもなれずただ彼女を見つめた。…少し髪が乱れてるな。

「……ちょっと、ちょっとだけ」
「何だ」
「嫉妬、してたんや」

何のことだろうか、と思った。

「~~っテンテンさんって人の話楽しそうに話すから」
「?」
「だ、だから、その子の話聞いてたら私だってやれるで! ってムキになったんや……」

彼女は鈍感なオレを責めることなくポツポツと話した。話している間また小動物のようになっていたが今度はしっかりと目を見てくれた。ここで気が効くような言葉や行動を起こせたら良かったのだがそんなものは持ち合わせていないのでただ、そうかとしか言えなかったのだが。彼女はそれで満足したらしく、目を細め今度は取る宣言をする。

「来年、だな」
「うん! 来年や!」

また来年も一緒に行こう、約束だ。

 

 

「そう。最近は調子良いのね」
「はい! ネジが来てから何か変わった気がします」
「じゃあ診察はここまで」

何回来てもここは慣れない。独特の匂いと清潔感と白で満ちた世界。そんな世界に何回も来院しているはやては凄いと思う。目の前にいる医者ははやてから目を離し、オレを一瞥した後カルテに視線を移す。

「はやてちゃん採血して……日向さん、お話が」
「はい」

また、事情聴取だろうか。最近は怪しまれなくなったがオレが初めて来た時は部外者扱いされたり、質問攻めを受けた。はやてのとっさのフォローで事なきを得たが……。はやては「ネジ、後でな」と言い残していき、部屋にはオレと先生の二人となった。

「……はやてが」
「はい」
「あんなに元気なのにか」
「麻痺が進行していっています。この様子だとーー」

「もうすぐクリスマスやなぁ……ネジのとこにサンタさん来るかなぁ」

オレの膝に頭を乗せ、彼女はそう呟く。彼女の性格上、クリスマスに何かしら用意してくれているんだろう、そしてそれを早く言いたいのだろう。そわそわとそれを匂わす発言をしている。彼女の頬を撫でると少しくすぐったそうにこちらを見る。「はやてにもサンタさん来るかもな」と言ってやるとハッとした表情になった。

「ツリーの星買うの忘れてた!」
「……あぁ、無くしたんだったか」

彼女はわたわたと飛び起きると車椅子に乗ろうとする。時計を見ると7時半ーー……急げば間に合うか。オレは彼女の動作を止め、自分が行くことを告げる。はやては渋ったが兄を頼れの一言で大人しくなった。最近のはやては甘えることを覚えてくれたらしく、恥ずかしそうにありがとうと言った。そして、帰ってきた頃には美味しいかぼちゃ料理を用意してくれるらしい。はやての料理はとても美味しい、が。かぼちゃだけはやはり駄目だと伝えているのに「ちゃんと食べなあかんよ」と諭されるので諦めつつも俺の身体のことを考えていることに感謝して家を出た。

 

「流石に冷えるな……」

行き程には急がず、だが冷えから逃げるような速度で帰り道を歩く。今頃はやてはどうやってオレに美味しくかぼちゃを食べさせようか考えているんだろうな。そんなことを考えていると人影が見えた。その人影はよろよろとしたかと思うとーー

「!」

思うより前に身体が動き。オレはその人影ーー老人が地面に倒れこむ前に抱き抱える。

「大丈夫ですか?」
「おぉ……」

老人はオレの手を取り起き上がった。

「な~んてな死んだフリ~」
「今のは本当にこけたように見えたが……」
「……うーん、平和ボケし過ぎたかの……」

独特のノリを持っている方らしい。それにしても何処かで見たような……。

「…!! チヨバア様!!」
「はて」
「チヨバア様、覚えてますか! 風影奪還の時…!」
「はて…」

首を傾げるチヨバア様にオレは思わず俯いた。

「アンタ死んだんか?」
「……!」

今までのことを全部話した。自身もチヨバア様も死んだこと、戦争が始まったこと。そしてはやてとの出会いも。話の途中には雨がポツポツと降り始めていたが構わずチヨバア様は聴いてくださった。

「話は分かったが…ワシにもこの世界が何かは分からん」

一つ息を吐いた。吐息が白く濁る。

「チヨバア様」
「ん?」
「あともう一つ聞きたいことが」

 

 

息が白く夜景に濁る。足早に過ぎても赤や白のイルミネーションがしかい視界の至るところに映る。これを見たらはやてがニコニコするのは容易に想像できるが、当の本人は病室だ。

一週間前、はやては倒れた。確実に病ははやてを犯していた。健気に大丈夫、大丈夫と繰り返す彼女はとても痛々しかった。ケーキの袋を崩さないように、されど足早に病院を目指した。

オレにできることは……。

「あの、この前の…」
「…?」

後ろから声がかかった。この世界でオレを呼ぶ者ははやてと医師くらいしかいないはずだが。振り返って見てみるとはやてくらいの年齢の子がいた。

……あぁ、思い出した。なんだか寂しい目をしたあの少女。

「あの時はありがとうございました」

軽く頭を下げる彼女。クリスマス独特の雰囲気とは不釣り合いな気がした束の間、赤黒いそれに気付いた。

「大丈夫なのか」

何のことかと分からない様子だ。オレは彼女の腕を引き、近くの公園のベンチに座らせ、彼女のひざにハンカチを当てがう。あ、と小さく声を上げた。

「……ありがとうございます」

また彼女の髪の毛が垂れる。ハンカチをきゅ、と締めてオレは彼女に対して思っていたことを聞く。

「異国の者か?」
「!」

あぁ、いや、聞き方がおかしかったか。今の言葉で彼女はだいぶ困惑しているようだ。

「あめりかがっしゅうこく?」

立ち上がり、そう言うと彼女は目を伏せた。

「……あのお礼を」
「そんなものは」

いらない、と言おうとしたが。

「何ですか?」

言葉に詰まった。
そうだな、あるとすれば。

「友達になってくれ」
「!?」

先ほどより酷い困惑が見て取れた。確かに今のは言葉足らずだったかもしれない。

「はやてと、だ。車椅子の」
「……それは」

彼女の返答を聞く前に軽快な音楽が空気を切る。

「すまない、電話だ」
「……はい」

急いで携帯の着信相手を確認せず電話をとる。はやての元気な声でネジ大丈夫?事故おうてないか?と期待して。けれど、この電話が鳴るのはいつもーー

「はやて」

力加減が壊れたようだ、彼女は苦笑いをする。

「ネジ……手痛いて」
「はやて」
「あ、そや……そこの、ノート見て」

ふとベッド脇の小さなテーブルの上にあるノートを見た。オレが何を書いてるんだ、と聞くとまだ見たらあかんよーと注意されていたノート。

「ネジはまだ……ここ慣れてないから……必要なだけやけど、書いて、おいたから……こ、れで大丈夫、やで」

表紙をめくると物の説明や言葉の意味、様々なことが事細かく記してある。後ろのページまでオレへ伝えたいことが沢山、滲みそうな程に書いてあった。

「……はやて」
「ネジありがとうなぁ……」
「ほんまに、ありがとう……す……」

今度は身体全体を抱きしめる。痩せ細った彼女の骨が折れて痛みで目が覚めそうな強さで。

 

 

 

「……?」

あれ、私……もしかして眠気やったんか?気怠い身体を起こすといつもの病室で……あれ?私が首を傾げているのノックせずに看護婦さんがやってきた。

「はやてちゃん!?」
「あ、さっきはお騒がせしてーー」
「モニター心電図止まってたのに! ……ふ、不調だったのかしら」

慌てふためく看護婦さん。どうしたんやろか。

「壊れてないみたいだけど……えぇ……? は、はやてちゃん、何ともない?」
「は、はい……」
「それに日向さんもいないし……何だか夢でも見たみたいね……」

ネジ……そうや、ネジにも謝らなあかんな。それでクリスマスのお祝いもして、また来年もこうやって祝えたらなって。

でも、それからネジは私の前に現れなかった。

「ほんまに夢やったんやろか……」

家にはネジの服も額当ても髪の毛一本も落ちてなかった。先生もお蕎麦屋さんもネジのことを忘れていった。

お蕎麦屋さんの帰り道、私はため息吐きながら帰路へ向かった。夢にしては、本当に長かったなぁ。

「あの」

振り返ると、前に見かけたケーキの女の子。元気よく声をあげたかったけどそんな気分やなくて。私は軽く、こんにちはーと返した。

「これ」

その子は私の前まで来ると、小さな袋を手渡してきた。

「? 何? これ?」
「それじゃあ」

足早に去っていく女の子。なんやろ。私は気になってその場で袋を開けてみた。

「ラブレターやったりしーー」

そこには見慣れたハンカチがあった。隅っこに、ネジと刺繍してあるハンカチ。

「ほらぁ、夢じゃないやんかぁ……」

車椅子にへたぁ、ともたれかかる。蕎麦屋さんも夢やーとか先生も苦笑いとか、ちょっぴり酷いで。

「……そういえばネジ忍者やったな」

優しいネジのことやから生き返らせてくれたりしたんかな、なんかそんな感じのことできそうな雰囲気やしな。そんでそういう禁術使ったからドロン!ってしたんかなぁ。

「いや、や」

何がドロンやねん、そんなん。

「ネジと会えなくなるぐらいなら死んだ方がマシや……っ」

「っネジ!! ネジ……!!」

身体中がずしりと重く、溺れそうな程の血の匂いにクラクラとする。

「ネジ兄さん……!!」

ナルトと、ヒナタ様の震えた声が聞こえる。

ああそうか。オレは二人を守れたのか。

ーー脳裏に、眩しいくらいの少女の笑顔。

……いや三人、三人も守れた。

これで全部終わりなんだ。

でも、もし。

はやての世界が死後の世界ならーー。

 

 

 

桜舞い散る季節。
私はヴィータとフェイトちゃんを連れてなのはちゃんの家に向かっていた。

「もう、ヴィータ口元付いてるで」
「えっ!」

いつもの日常。でもある時からポッカリ穴が開いたような感覚をぶら下げて日々を過ごしている、気がする。

「はやても付いてるよ」

あかん、ふとぼーっと考えるとこれやなぁ。

「ありがとうフェイーーわっ」

「すまない」

何かがカチッと、はまる音がした。

「気をつけろよなー!」

軽くぶつかった肩が、ドキドキとする。その人はまた、歩き出した。あ、待って、待って!

「あの!」

その人は……その人は此方を、何故だろう? 優しい目で見てくるからーー

ポンポンと肩を叩かれる。フェイトちゃんが心配そうに。

……あぁ、何にも言えなかった。

「はやて? ニコニコしてどうしたんだ?」

何も言えなかったけど、

「分からへん……何か、何でやろ……でも何か」
「?」
「あの人とはまた会う気がする!」

自分でもよく分からない自信と喜びに二人はポカーンとした後、顔を真っ赤にする。察した私は違う違うと否定するも、心の穴は塞がれ、カラフルに色付いていた。

次会えるのは、きっと、すぐーー。