「もう、こんな夜中から何やってるの!」
大晦日の夜、日付が変わる一時間ほど前。
パウダーで汚れたキッチンの作業台には、纏めて袋に入れてあるロウソクと これから使う丸い型などが広げられている。
「だって、明日は先生の誕生日だもん」
「だからって、こんな夜からケーキ作らなくてもいいじゃない。ガイ先生には他の物をプレゼントしてあげたら?」
「もう!! 私が何あげようと勝手でしょー!?」
「ケーキは早く食べなきゃダメなんだから…。明日は正月なのよ? 先生だって貰ってもご迷惑かもしれないよ」
「…そんなこと、ない…。ガイ先生は喜んでくれるもん…絶対」
テンテンは明日に誕生日を迎えるガイのために、ケーキ作りに勤しんでいた。
彼女自身も、先生の迷惑にならぬよう色々考えていた。
用意されている型も、やはりサイズは小さめであり、テンテンの両手で収まるほどの大きさだ。
それなのに、彼女の母親には叱られてしまった。
だからテンテンはそれに対して、少し声を荒らげて反抗した。
いつまでも子供扱いしないでほしいのに!
後片付けだってちゃんとするつもりなのにゴチャゴチャ言わないでほしいのに!
先生のこと好きだから手作りしてるのに!!
指図しないでよ、と思うがそこまでは言えなかった。
秘密の恋だから。
先生のことが好き、なんてバレてしまったら?
それこそきっと先生の方に迷惑がかかってしまう。
“私ではなく、先生のほう”
先生は大人だから。
先生本人にはこの気持ちを知ってほしいけど、周りにはまだ知られたくない。
「ガイ先生は、独り身だったかしら? でも彼女がいるかもしれないでしょ。明日は会えないかもしれないよ」
「…いないよ。お母さんに何が分かるの」
テンテンはとうとう我慢できず、そう言ってしまった。
ああ、こんなあからさまに不機嫌になってしまってはバレたかな、と頭の片隅ですぐに冷静さを取り戻して思う。
「…とりあえず明日会うにしても失礼のないようにね。早めに帰ってきなさいよ。あと、片付けもちゃんと──」
「分かったから…!!」
「はあ…。もう……」
彼女の母は、ため息をついてキッチンを後にした。
テンテンはまだ怒りやら悲しさやら、せっかくの浮かれモードに水を差されたような気がして、ボールの中身を手早く力ずくで掻き混ぜた。
用意した型に型紙とスポンジをはめ込んで、生クリームを流してカットフルーツを並べる。
(彼女なんか…いないもん)
それからまたスポンジを挟み、同じ手順で二層作る。
最後に生クリームでコーティングし表面を整える。
トッピングをたくさんして、冷蔵庫へ入れた。
(いつもいつも、青春だー、修行だーって里中を逆立ちしてるし…いつも私達三班と集まってるし…)
(いるわけないじゃない。他の女なんか。リーやネジと…私の方がガイ先生と長く一緒に居て傍で見てるんだから……)
ちゃんと出来るか不安だったが、もう年は明けた。
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ニューラブ♡バースデー
「押ー忍ッ!! おはようございますッ! テンテーン!!」
翌朝八時過ぎ、威勢の良い声に急いで扉を開けた。
「おはよう、リー。あけましておめでとう!」
「おめでとうございますッ!! ガイ先生に班全員集めるように言われたので呼びに来ました!!」
「えっ、今日集まるの?」
「そんなにお時間は取らせないと言ってました! 正月ですし……」
「そう…。ちょっと待ってて!」
テンテンはキッチンへと向かうと、冷蔵庫からケーキを取り出して型を外すと箱詰めした。
傍で洗い物をしている母が、彼女の方に振り返る。
「リーくん来たの? 先生からの招集? 相変わらず熱心な方ね」
「うん。だから行ってくる…」
袋に入ったロウソクも同梱して箱を閉じて、玄関へと戻る。
「ちゃんと先生にあけましておめでとうの挨拶しなさいよ」
「分かってるから! 当たり前でしょー!」
母と昨日の気まずさもありつつ、先生から呼ばれたものは仕方がないという大義名分を得たのもあり、テンテンは強気だった。
「アンタ…正月から相変わらずね」
「ノルマですからッ…!! 待ち時間も無駄にはできませんッ!!」
外で待っていた彼は、いつものように腕立て伏せをしていた。
リーと共に、次にネジを呼びに向かう。
彼が下忍になってからしばらくして一人で暮らすようになった部屋に訪れたものの、不在だった。
「宗家の方へ行ったかもしれませんね」
「あー、確かに。正月だもんね」
不在なことに納得した二人は、今度は日向の屋敷へと向かった。
しかし、中から出てきた彼の従妹のヒナタによれば、ネジはここに居ないとのこと。
彼女が言うには、ネジは夜には訪問すると話していたので午前中にここに来ることはないだろうとの事だった。
「ネジがどこか他に行きそうな場所ってある?」
「…えっと…、どこでしょう……。あ、最近ネジ兄さん、ナルト君の話をよくしていて…もしかしたら……」
「ナルトくんの家でしょうか!?」
「…あ、はい……。もしかしたら…ですが……」
「ありがとう、ヒナタ! あ、あけましておめでとう! 教えてくれてありがとね」
「おめでとうございます、ヒナタさん!!」
「あけましておめでとうございます…お二人とも……!」
そうしてテンテンとリーは、ナルトの住むアパートに着いた。
ヒナタの予想通り、ネジはそこにいた…のはいいのだが。
慌てて羽織ったかのように、乱れたナルトのジャージでなぜか女装をしているのを隠している。
「アンタ…ここでなにやってたのよ」
「…いや、色々その…事情があってだな……」
「なんだってばよ、ガイ班はこれから任務なのかよ!?」
ひょこっと、ネジの後ろから狭い玄関で顔を覗かせて背伸びをするここの住人。
「あ、ナルトくん! あけましておめでとうございますッ!! 任務ではないのですがガイ先生から呼び出しです!」
「おー! ゲジマユ! あけおめだってばよ!」
「ネジ、あけおめ〜。そんな訳で早く着替えていつもの場所に集合だからね」
「…ああ。おめでとう。今着替える」
テンテンは、ナルトとリーのやりとりに思い出したかのようにネジに新年の挨拶をすると、身支度を促した。
今の彼女にはこの部屋に居た二人が実際、何をしていたかというのを具体的に想像するには至らなかった。
いつもと違う彼の髪の香りに違和感こそ覚えたが、今はそんなことよりも集合が先だった。
ただ、何となく少女心にも後暗くてドキドキするような雰囲気は感じていた。
そしてそれは、自分自身もきっと先生に求めていて、そんな関係に憧れていることも自覚はしていた。
アカデミー上の屋根付きの屋外ベンチ。
いつも三班が集まる場所。
「君たち、あけましておめでとうー!! 今年も青春フルパワーで頑張っていくぞーッ!!!」
「押ー忍ッ…! ガイ先生…あけましておめでとうございますー! 今年もよろしくお願いしますッ…!!」
テンテンとネジも、リーに倣い、謹んで(?)新年の挨拶をした。
「さて、愛すべき我が教え子たちに良いものを持ってきたぞ♡」
「…正月なんだからお年玉だろう? もったいぶるな……」
「いや違う、これだ!!」
緑色の見慣れたスーツを勢いよく突き出してくる先生。
リーは雄叫びをあげて大袈裟に喜ぶが、ネジは呆れたように少しだけ顔を歪めて黙っていた。
「…というのは、まあほんの冗談だ。きちんとお年玉を用意させてもらった」
改まって真剣な顔をする先生に、やっぱり大人だなとテンテンはこっそり見蕩れていた。
リーのように、教え子として可愛く振る舞えない。
素直で良い子で手がかからない『私』にしかなれない。
あんな風に軽快にやり取りできたらいいけど、ツッコミではなく、望むものはやっぱりそういうのじゃない。
「ガイ先生はさすが教師の鑑です、ボクは感動しています…!」
「おお…リー…お前って奴ぁ……」
「あの…ガイ先生……」
リーとガイが夕日の沈む海辺に旅立つ前に、テンテンはおずおずと低く挙手をした。
「ん? なんだ、テンテン」
「あの、今日は…先生の誕生日でもあるから…私の方こそ持ってきたものがあるんです」
ケーキの箱を後ろ手に、テンテンは顔を赤らめてもじもじと、背の高い大好きな先生を見上げた。
「先程から持っていたその箱はプレゼントだったんですね!!」
「…うん」
リーに対してテンテンは小さく頷く。
ネジはその彼女の顔を神妙な面持ちで眺めていた。
「テンテンは本当に優しい女の子だな…正月早々教え子たちに泣かされるとは…教師冥利に尽きるな…!!!」
「…ガイ先生。お年玉は後日でいい。リー、お前もいいだろう?」
ネジは唐突にそう告げると、リーの腕を掴んだ。
「えっ、ちょっ…ネジ? どうしたんです!?」
「いいから、修行に付き合え。ナルトも呼んで組手するぞ」
「今からですか!?」
「当然だ」
「ガイ先生ーッ! ボクも後日プレゼント渡しますからーッ!!」
そう言って、そそくさと帰ってしまった少年ら。
この場に残されたのは先生と少女の二人だけだった。
「青春してるなーッ! アイツらめ!」
「テンテン…。どうした。さっきから黙ってばかりだな」
「…先生と、二人きりなんて久しぶり、だなって……」
「ん? 確かにそうかもしれんな」
「ちょうど良かったなぁ。作ってきたケーキ…二人分なんです」
普段の、快活なツッコミ係のようなテンテンとは違う。
あまり見ないような仕草や表情は、ガイから見てもやはり可愛らしく見えた。
「そうか、リーとネジには悪いかもしれんが…。まあアイツらには今度また何かオレが奢ってやる」
「じゃあ…、今日は私と二人でいてほしいなぁ…なんて……」
客観的に聴いても可愛い彼女の声は、より一層甘い響きだ。
素直で良い子で手のかからないフリは今日は、やめた。
ちょっとぐらい振り回してみせると、決めた。
「しかし、今日は正月だぞ。親御さんと一緒にいるべきだろう」
「…お正月よりも私は先生の誕生日の方が大事だもん……っ!!」
甘い声に、涙が滲んでいた。
こっそりと施された多幸感溢れるメイク。
ガイは彼女の小さな肩に、暖かい手を置いた。
宥めるように、それから華奢な体を抱きとめた。
腕にスッポリ収まる彼女をよく見れば、いつもよりも手の込んだ編み込みのお団子頭、可愛い髪飾り。
この至近距離で真上から見て初めて気づいたのだった。
今日のために、気合いを入れてきたのだと。
「テンテン…。お前が作ったケーキを見せてくれないか? 早く食べたいからな…!!」
下忍認定の演習だったあの時とは違う。
力いっぱいの抱擁ではなく、もっとぎこちなくて躊躇いがちな、優しいものだった。
「…はい……♡」
冬の寒さを忘れるほど、ガイの暑苦しい温もりにテンテンはようやく心の底から笑顔になった。
(先生、 “ありがとう” が言える日にも またこうしてね……♡)
HAPPY BIRTHDAY
ケー様 HP