交わされた約束

「……え」

ポカンと口を開けて、事実を受け止めきれないのか蒼い瞳が小さくぶれる。

「だからここが俗に言う天国という可能性もある。現に見つけたあの方も死んでいるからな」
「そ、そうなん……? じゃあ私も死んでるん……?」
「それは……分からん。お前は元より天界の住民かもしれないしな」

……言っておいてなんだが、自分でも受け止めにくい話だ。不安定な話をしたせいかはやてはまた表情を曇らせる。オレははやて側から右の手すり側にしゃがみ、はやての頭を撫でた。

「ネジ、でいい」
「……!」

そう言うと俯くはやて。突拍子無かったか、と思うとネジ、ネジ…と小さく聞こえた。

「……っうん! その方が家族っぽいもんな!」
「あぁ」

家族と言われた日以来の向日葵が咲きそうな満開の笑顔。



「だいぶこの世界に慣れてきたと思うんやけど」

いかつい男達が武器で殺し合う野蛮な映画のチャンネルを変えようとした時。隣でポテトチップスを頬張る彼女は言った。

「お祭り行かへん?」

……このドンパチで思い至ったのだろうか。

「あまり乗り気じゃない?」
「いや、行こう」
「ほんま!?」

やったーと大袈裟に手を上げぱたぱた。普段しっかりしているがこういうところは年相応だな。

「蕎麦屋でも思ったが、今まで一人だったからそういう賑やかなところに行かなかったんだろう?」
「あはは、バレてもうた?」
「行けなかった分、行こう」

何だかクサい台詞を言った気がする。

「……なんや、ネジらしくないなぁ……なんか変や」
「そんなに変か」

はやては冗談っぽく、んー……と眉を潜ませた。が、すぐに

「うん。でも嬉しい」

いつもの愛らしい笑顔を向けてくれた。
「人が少ないな」
「四日目やからね、車椅子でも余裕で通れるんよ」

いざとなったらおんぶして店を見て回ろうと思っていたが、すいすいと屋台を見て回れた。だからと言って全く人がいない訳ではないので手に力を入れる。

ここだけ見ると木ノ葉と変わらない。昔リー達と出店したことを思い出す。出店と言っても少々ボケをやり過ぎたオレ達にキレたテンテンがオレ達を射的の的にして売り出した。今となっては賑やかな思い出だ。

「こういう祭りではテンテンが活躍してたな」
「パンダ?」
「人間だ」
「どんな活躍してたん?」
「そうだな……」

はやてにテンテンが射的、金魚掬い、ヒヨコ掬い、たこせんのくじ……は微妙だがそれらで器用さを発揮したことを話した。

「無敵やねんなぁ……あ。ああいう亀掬いとかも?」
「それはあまり思い出したくない」

亀は地味よねー……と、乗り気でなかったテンテンがたまたま口寄せしてたガイ先生の忍亀と喧嘩になりガイ先生が場を和ませようと女装ーー……いや、止めよう頭が痛い。

「あれ、ちょっとやってみようかな」

はやての興味が射的に移る。方向転換をしてその店の前に行くと気前の良さそうな男がびっくりしたような声を出す。

「美人さんだねェ! やってくかい?」
「はい!」
「嬢ちゃんみたいな子にはサービスで三回を五回にしたげよ!」

はやての愛嬌で、というよりは……。オレの思いとは裏腹にはやては楽しそうに鉄砲を受け取る。



「あかん……ぼろ負けや……」
「もう行くぞ」
「……もーいっかいだけ!」

はやてが弾を当てても景品はビクともしない。偶然にしては、おかしい。こういう屋台ではよくあるズルだろうが身内があからさまなものに引っかかっているのは見ていられない。
「あっちに美味しそうなフランクフルトあるぞ」
「ネジだけ行ってて」

そう言ってまた店主に小銭を渡そうとするはやての車椅子を無理矢理引っ張り、店から遠ざける。はやてがこっちを向くがとりあえず美味しそうな店を探すことにする。

「何で止めるん!」
「はやても分かっていただろう、ズルと」
「……そやけど」

不満そうに前を向くはやて。いつもはこんな意地を張らないのにどうしたのだろうか。まどろっこしいのは得意ではないので直接聞くことにする。

「あ!」

はやて、と言い切る前にドーンと気持ちのいい音が耳に残った。頭を上げると色鮮やかで大きな模様が空を描いている。

おぉ、と思わず声が漏れていた。木ノ葉も、この世界でも、変わらないものがあるんだな。

ーーそれと反して変わっていくものもある。ナルトという存在でオレが、リーという存在でオレが。心が満ち足りた。

そして世界もどす黒く変わっていった。

それでもオレには希望はあった。ナルトがオレを倒した日のようにその黒さも白に変わる、と。死者には何も出来ないが、ナルトがきっと救う、救ってくれていると確信を持てる。

ただ、生き返りたいという欲が無いわけではない。

リーがオレを倒すという約束を果たされていない。テンテンの綱手様のようになる姿を見ていない。ガイ先生がカカシ先生に圧勝するのも見ていない。

ガイ班は永遠という言葉だけは変わらず信じたかった。


パァン、と花火が休むことなく打ち上がる。

どこか遠い自分が綺麗なものを見ると浄化されるな、と思った。

「綺麗やなぁ…もっと近くで見れたらええんやけど」

近く。先ほどとは打って変わって花火に向かう人間が多い。車椅子をそっと脇に寄せて、どうしたものかと考えるより先に、

「……あの丘から見てみるか」

見渡したら丁度景色の良さそうな丘が見えた。

「あそこ車椅子じゃなくても通れなーーって、ネ、ネジ?」

はやてをひょいと持ち上げる。この動作はもう慣れたものだ、だが何故かはやてはわたわたと慌てる。嫌なのか、と聞くとそうじゃないけどっと今度はもじもじと顔を背ける。

「怖かったら掴まっておけ」

地面から離れ、木々を通り抜ける。胸元に抱きつくその子は始終無言だった。



「はやて、大丈夫か」
「だ、大丈夫や」
「顔上げろ」

おずおずと顔を上げるはやて。その様子に高いところは苦手だったか、と思ったがすぐに華やかな表情に変わる。

「綺麗や……」

呟く彼女は自然と抱きついていた手を緩め花火の方へ身体を向ける。はやてはしばらく花火を眺めていたがふと、オレの名前を呼んだ。オレはその言葉の続きを待ったがなかなか出てこない。だが急かすような言葉を出す気にもなれずただ彼女を見つめた。…少し髪が乱れてるな。

「……ちょっと、ちょっとだけ」
「何だ」
「嫉妬、してたんや」

何のことだろうか、と思った。

「~~っテンテンさんって人の話楽しそうに話すから」
「?」
「だ、だから、その子の話聞いてたら私だってやれるで! ってムキになったんや……」

彼女は鈍感なオレを責めることなくポツポツと話した。話している間また小動物のようになっていたが今度はしっかりと目を見てくれた。ここで気が効くような言葉や行動を起こせたら良かったのだがそんなものは持ち合わせていないのでただ、そうかとしか言えなかったのだが。彼女はそれで満足したらしく、目を細め今度は取る宣言をする。

「来年、だな」
「うん! 来年や!」

また来年も一緒に行こう、約束だ。