告白

「思っていたが物が多いな……」

服も日常用品も買ってさてしまうか、と思ったが……意識してみるとはやての家は物が多い。ヒナタ様と同じくらいか?女子はこんなものなのだろうか。

「そう? 普通やと思うけどなー……できた!」

えへへ、と得意げにハンカチを広げて見せる。右端に日向ネジの文字。

「せや、ネジさん今日何食べたい?」

ハンカチに触れようとしたら食べ物の話題。表情も話題もコロコロ変わるなと思ったが、時刻を見ればもうそろそろお腹が空く頃だ。オレは少し考えて、最近食べていなかった好物を言う。

「にしんそば」

あはは、と笑われた。何もおかしなことを言っていないのだが。

「ネジさんらしいわ。それならー……美味しいお蕎麦屋さん、知ってるから行こか!」
「……まだ片付け終わってないぞ」

笑われたことが気になったからか少し冷たい口調になった。だがその後オレの腹が鳴ったことで更に笑われてしまった。


「はやてちゃん久しぶりだねぇ! 何年振りかな」
「お久しぶりです!相変わらず賑やかやね」

少し賑やかだが心地よく、蕎麦の香りが漂う足を踏み入れただけで分かるような、美味い店。車椅子を片隅に置き店主が慣れたようにはやてを抱えると、奥の座席に座らせた。

「ありがとう!」
「気にしない気にしない。ところで彼氏かい?」

ボンッと音が鳴りそうな程はやての顔が赤くなる。明らかな冗談に過剰に反応するのはノリなのだろうか。

「ち、違います!! 家族です!! お兄ちゃんや!!」

お兄ちゃん。なんだかくすぐったい。店主ははやての頭をポンポンと撫でるがその顔は笑いを堪えている。

思ったが、オレ含め皆はやての頭を撫でたくなるらしい。誰からも好かれるような明るく優しい女の子。ヒナタ様も優しく一途で、強い女性だが、それとはまた違った強さを持っていると思う。妹に対しては甘いんだろうかとも思わなくもないが、とりあえず注文を頼んだ。

「あーもう変なこと言われてびっくりしたわ」

手でパタパタと顔をあおぐ様子をじーっと眺める。

「ん? どうしたん?」
「お兄ちゃんと言われて引っかかった」

はやては目をパチクリと瞬きすると、人差し指を立てた。

「じゃあお父さん?」
「流石にそれはおかしいぞ」

つまらないことだが思わず顔が綻ぶ。はやても同じなのか口元に手を当てクスクス笑う。

「でもお兄ちゃんやで、ネジさん」
「そうだな、だがその言い方が慣れん」
「んー……ネジ兄ちゃん?」
「……」
「ネジ兄さん」
「はやて様」

いや違うか、と付け足すがポカーンとしているはやて。だがすぐにきゃっきゃと笑い出す。

「様!? 何で様なん!?」
「いや、癖で…」
「変なの、ネジさん」
「はやてちゃんと兄ちゃん、できたよ!」

暖かい香りが横からオレ達の会話を遮る。コトン、と置かれたそれはとても美味しそうだった。

「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」

箸を手に取り蕎麦を見る。湯気が香りを運ぶように鼻をくすぐる。そっと麺を掴み、すするとーー
「……美味いな」

思わず声に出た。はやては何か声をかけたと思うのだが、蕎麦の美味さにオレは溺れていた。



「はー…美味しかった美味しかった」
「すまないな」
「ええんよー」

会計の礼を改めて言うとぱんぱんと軽く腕を叩かれた。

……それにしても本当に美味かった。にしんそばが好きなオレだが蕎麦単体でも好んで通いたいくらいの店だと思う。

「ネジさんネジさん」

香りや見た目は勿論コシがあり、噛めば噛むほどギュッと染み込んだーー

「ちょっとすまんな」
「! す、まない」

ご老人がオレの背をトントンと叩く。そうだ、店の出入り口で突っ立ってしまっていたな。

「ごめんな、おばあちゃん」
「ええよ、ここの蕎麦初めて食べた時はワシも死んだふりどころか死ぬところだったわ」
「まだまだ若いて!」

はやては誰とでも打ち解けるのは長所なのだがそれが最近不安に思える。怪しい奴にも簡単に声をかけそうだ。ご老人は軽く手を振ると去っていった。……オレの脳裏が再び一色に染まる。

「ネジさんよだれ垂れとるよ」

蕎麦、蕎麦、蕎麦。にしんそばが好きなオレだがにしんが6、蕎麦が4の比率で好きだった。だがこの蕎麦を食べたことによってーー……。





「いや待て!! あの方はチヨ様か!!」
「え!?」

蕎麦や平和に埋もれてぼーっとしていたが、あの方は間違いなくチヨ様だ。いなくなった方向に走り、交差点を見回すが人影一つもない。こんな時白眼が使えたら。もしくは蕎麦が不味ければ。いや蕎麦はもういい。一体どういうことだ。


「へぇ、前の世界の人がいたんや……」
「あぁ」

帰路。もうすっかり三日月の灯りが地面を照らす中、はやての車椅子を押しながら先程の人物について軽く話をした。

「あの蕎麦屋知る人ぞ知るやから」

蕎麦に惚れこんでたらまたくると思うけど、と考え込むようなはやて。はやてには関係ないことで悩ませて申し訳なく思い、何か声をかけようとすると上半身をこちらに向けた。微笑むはやて。その瞳は笑っていなかった。

「そやんな、お別れはいつかやってくるもんな……」

ズキン、と左胸が痛む。

「ネジさんが友達の元に戻れたら、幸せやんね」

オレがいなくなったら、一人のお前はどうするんだ。

「まだ元に戻れると決まった訳ではない、それに」

いや、それは思い上がりかもしれない、だが。

「……言ってなかったがオレは死んでるんだ」

今度こそ、大切な人を守りたい。