ナイショの恋/秘めた愛
最初は興味だった。
その次は、尊敬だった。
その気持ちが恋になって
いつの間にか、愛に変わった。
「好きになりました。付き合ってください」
そんなありきたりな告白が通じるとは思っていなかった。
先生を好きになって、自分が16歳になったら告白しようと決めていた。自分で言うのもなんだが、アカデミーを卒業したばかりの頃よりはそれなりに綺麗に、強くなったと思う。
だから第三班の任務の終わり、二人きりになったタイミングで告白をすると、その相手─…マイト・ガイは珍しく呆けた顔をした。
「あの、先生?」
その顔の前でひらひらと片手を振る。
聞こえなかっただろうかともう一度口を開きかけると、それを遮るように両肩を掴まれ顔を覗き込まれる。我ながらどこに惚れたのか分からない濃ゆい顔がすぐ目の前にきた。
「テンテン、今正気か?さっきの任務で幻術でも掛けられたか?よし、今すぐ病院に─…」
「いきません。」
キッパリと言い切って、ガイの眉間に軽くチョップを喰らわせる。そんなに分かりやすくしているつもりもなかったが、よりにもよって幻術扱いか。
咳払いをして、改めてガイを見据える。
そんな反応をされるのも想定内。簡単に諦めるくらいなら、一年近くも片思いをしてない。
「…正気だし、幻術にもかかってないですよ。…先生のことが好きです。だから、付き合ってください。…私、諦めませんから。」
…そう言って、付き合いだしたのが一年前のこと。
ガイからOKをもらったテンテンは、その口で、付き合っていることは内緒にしたいと告げた。ガイは理由も聞かずに頷いてくれた。
だから、ネジやリーはもちろん、他の木の葉の人たちにもバレないように密かに愛を育んできた。
幸い同じ班の先生と弟子。一緒に歩いていても不思議ではない。くっつけるのは家の中だけだったけれど、それでも十分だった。…でも。
「なに、お前が気にすることじゃない。たまたま自宅療養になっただけだ。これを機に少しのんびりするさ」
ガイとテンテンで受けたBランクの任務。
本来ならば簡単にこなせるはずが、テンテンが致命的な油断をして、それを庇ったガイが大怪我をしてしまった。二人きりの任務だと、浮かれてしまったせいで。
幸い、後遺症が残ることもないと言われたが、一週間の療養を必要とした。
ガイはテンテンに気にしないように言ったが、こんなの気にしないわけにいかない。テンテンは毎日足繁くガイの家に通っては、身の回りの世話をしていた。
ただし、良くも悪くも人望のあるガイである。
毎日毎日、ネジやらリーやらカカシやらアスマやら紅やら、様々な人がお見舞いにきた。それこそ二人きりになる時間もないほどに。彼らから見たら、テンテンは自分を庇った自責の念から世話を焼いていると思っているのだろう、みんな口々に
「教え子を守るのは担当上忍の務め、テンテン一人で抱え込むことはない」
と言ってきた。
(それもある、けど…。…少しは先生と二人きりになれるの、期待してたのに…っ!正直看病シチュエーションなんて美味しいじゃない…っ)
誰も彼も、テンテンとガイが付き合っているなんて思いもしてない。…こんなに好きなのに。
「テンテン?」
夕暮れ時、ようやく静かになった室内で、黙り込んでしまったテンテンの様子に気付いたガイが声を掛ける。結局この一週間、ひっきりなしにお見舞いがやってきて、あまり二人きりになることはなかった。
「流石に毎日通い詰めて疲れただろう、俺はもう大丈夫だから、テンテンも帰って休むといい」
テンテンの様子がおかしいのは疲れたからだろう、そう思ったガイは明るく笑ってテンテンの頭を撫でる。
「…っ違います、そうじゃなくて…っ!」
顔を上げれば、思ったよりも近い距離にテンテンは言葉を飲む。そうじゃない、そうじゃないのに…。
「毎日いたら流石に怪しまれるかと思ったが、誰も全く気づく気配はなかったな!流石俺たちだ!」
なんで。
「バレたらテンテンも居心地が悪いだろうしな、その辺はきちんと…」
どうして。
「…まあ、なんだ、ちゃんと秘密にしておくから安心し…」
「何でですか!!」
大きな声を出してから、はっとした。
流石にガイも驚いたように目を丸める。
テンテンはガイの顔を見上げながら、込み上げてくる涙が我慢出来なくなっていた。この一週間、我慢したものが一気に溢れ出してきた。
「そりゃ、私のせいで怪我させちゃったけど…っ看病に通ったのは私が先生の恋人だからで、罪悪感とか、そんなのじゃないのに…!みんなして、全然気付きもしないし!」
普段あまり感情的にならないテンテンの、珍しく荒げる声に、ガイもまた珍しくおろおろするしかない。テンテンの肩に置こうとして行き場を失った手が空を撫でる。
「い、いや、バレたら困るのはお前だろう、こんな歳の差がある恋人が恥ずかしいから隠そうとしたんだろう?」
「はあ!?」
君のことはわかってる、とばかりにそう言ったガイの言葉は、ますますテンテンの怒りに油を注いだ。
「違いますよ!先生が教え子に手を出したなんて噂になったら先生に悪いからと思って私は…!」
ぼろ、と涙が溢れ出してしまえば、それを見せないように俯いて両手で顔を覆う。こんな情けない姿を見せたくなかったのに…。
肩を振るわせるテンテンに、ガイは小さく吐息を漏らした。付き合い始めから、やけに肩肘張っていると思ったら。
「…そんなことを気にしてたのか…。…まったく、お前ってやつは…。…あのな、愛し合うのに、立場は関係ない!俺は恥ずべきことは何もないと思ってるぞ!テンテンが恥ずかしくないのなら、いつでも堂々と公表しよう!」
ぽん、と優しく肩に手を置いて、もう片手を頬に添え、自分の方を向かせる。明るく笑うと、テンテンは一瞬きょとんとしたように目を丸めてから、ゆっくりと唇を開いた。
「じゃあ、街中でデートしてもいいの…?」
「ああ」
「先生の恋人は私だって言っても?」
「当たり前だろう」
「お泊まりしてもいいの?」
「も…もちろんだ」
「今日これから泊まっても?」
「……恋人として、だろう?」
そっと、優しくテンテンの身体を抱き寄せる。色々我慢させてしまっていたのだと、今更ながらに気付いた。
「…お泊まりして、明日、一緒にデートしてください…。お団子、食べに行きたい…」
おずおずと背中に回される手を感じながら、当たり前のようにその要求を飲んだ。
翌日。
「先生、久しぶりのシャバの空気はどうですか?」
「…そういうのどこで覚えてくるんだ」
テンテンとガイは二人並んで、仲睦まじそうに腕を組んで歩いていた。その距離感は恋人そのもので、通り過ぎる人々は驚いたように振り返る。けれど、二人はそれを全く気にしていなかった。
楽しそうに話しながら団子屋に向かう。
シャバの空気はともかく、街中でこんな風に笑うテンテンの姿を見るのは悪くない。
「あれ…テンテンさん…?ガイ先生も…?」
ふと声を掛けられた先にいたのはサクラだった。驚きと戸惑いが隠せない様子が良く分かる。テンテンは何でもないことのように明るく笑って腕に抱きつく力を強めた。
「実はこういうことなの。隠しててゴメンね?」
テンテンがぺろ、と舌を出す様子にサクラの瞳が輝く。これはあっという間に噂が広まりそうだ。
それでも、昨日テンテンに言った通り、恥ずべきところは何もない。愛する人を堂々と守れるのなら、それに越したことはないだろう。
「テンテン」
そう名前を呼べば、誰よりも近い距離で視線が合う。
「これからも、よろしくな」
「はい」
二人の視線が絡んで笑みが深まる。
組んだ腕を解く代わりに、どちらともなく手を繋いだ。
手のひらから伝わる体温さえ愛おしい。
愛し合っていても、すれ違っていた一年間。
これからの一年は、いや、一年より先も、二人通じ合う時間であるように。