まだ青春は飛び出さない

「ガイ先生って修行以外で何やってるんですか」

 下忍の時になんとなく聞いたことがある。珍しくリーとネジがいなくて、ガイ先生と2人きりだけの時間って息が詰まるような気がしたから。そこまで興味があったわけじゃないけど、何か言いきっかけにでもなればいいって思ってた。

 だって、ガイ先生っていっつも修行のこと、青春のこと、カカシ先生のこと、それとリーのことばっかり。結局それって全部修行に繋がるわけだし。

「反復横跳びだな」

 いつもの暑苦しいキラキラスマイルでガイ先生は言う。

「いや、それ修行ですって」

「ああ、そうか。うーん、そうだな」

 リーも大概だと思うが、どうしてこんなに修行が好きなんだろう。もちろん私だって修行は好きだ。でも、この人たちにとって修行は、食事をするのと同じくらい重要なものに思えた。

「カレー……」

「え?」

 ガイ先生にしては珍しくボソッと呟いたので思わず聞き逃してしまう。

「カレーが好きなんだ。すごく辛いやつ。だから、カレーを食べに行くのが好きだ」

 その時からだったと思う。私がガイ先生を好きになったのは。

 太い眉毛と濃ゆい顔。おまけにダサいおかっぱ頭。全然タイプじゃない。でも、あの先生が、少年のように頬を赤らめ、普通の人みたいに好きな食べ物について照れくさそうに語る全てが、好きだと思った。

 私は甘いものが好きだというのに。

 

 

 

「ガイ先生! 遅い!」

「ああ、すまん」

 遠くから息を切らして走ってくるその姿は、相変わらず不恰好で、一体なんでこの人を何年も好きでいるんだろうと自分でも思う。

 中忍になってから、3班で活動することは減ってきた。もちろん、3班でも活動するが、各々がその特性に合った任務に呼ばれることもあるし、特にガイ先生とは別で行動することが多くなった。それもそうだ。ガイ先生は暁とも互角に渡り合える上忍の中でもトップクラスの忍で、どこにいても戦力になる。こうして会うのも3ヶ月ぶりくらいだ。

「今日は私の誕生日ですよ。遅刻してくるなんて信じられません」

「すまん、火影様に呼び出されてな」

「もう……」

「あれ、リーとネジはいないのか?」

「えっと、なんか急遽任務に呼び出されたみたいで」

「そうかそうか」

 嘘だった。そもそも誘っていない。こんな時、あいつらが修行と戦闘バカでよかったと思う。全然私の誕生日を覚えていないことは癪に触るが、ガイ先生と2人で誕生日に出かけられるなんて夢みたいだ。

「今日は私の行きたいところ全部行きますからね!」

「もちろんだ。テンテンの誕生日だからな」

 ガイ先生は熱苦しく笑う。私はもうその笑顔も好きだが、もう1度あの笑顔が見たいと思った。カレーが好きだと語るあの少年みたいな笑顔が。

「まずは甘味処から!」

 何気ないふりをしてガイ先生の手を掴む。先生は特に何も言わず、私に手を掴まれたままでいた。

 ガイ先生が好きだと言ってしまったのは、中忍になってからすぐのことだ。本当は言うはずじゃなくて、でもあまりにもガイ先生の距離が近いから、思わず言ってしまったのだ。あの日もガイ先生は特に何も言わなかった。ごめんとも、ありがとうとも。だから私はそれを利用して、何もなかったふりをした。

 本当は何もないわけじゃない。でも、ガイ先生はいつも何も言わない。修行の時はいつだって余計なことばかり言うくせに、肝心な時には何も言ってくれない。

「先生、甘いもの好きですか?」

 手を繋いで歩きながら、ガイ先生に話しかける。

「普段はそんなに食べないが、オレは嫌いな食べ物がないからな!」

「へえ」

「でもテンテンは甘いものが好きだろう。だから、今日はいくらでも食べるぞ」

 甘いものが好きと言ったのは、下忍になったばかりの時のことなのによくそんなこと覚えているなと嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。

「つ、つきました」

 店の前ですぐに手を離す。甘味処はいろんな忍が集まる。こんなところを同期や後輩に見られたら、私だけじゃなくてガイ先生にまで変な噂が出てしまう。

「おお、ここはいい店だよな」

 店内に入ると、店は思ったより混んでいて、カウンター席しか空いていなかった。

 私とガイ先生は2人ともあんみつを頼んだ。ガイ先生とあんみつはまるで似合わない。

「ガイ先生って、リーのことが本当に好きですよね」

 なんとなく口に出た。店が混んでいてあんみつが届くのが遅かったからかもしれない。そんなことが言いたいわけじゃなかった。

「ごめんなさい、別に嫌味が言いたかったわけじゃなくて、ただ本当に、リーのことを気にかけてると思ったから」

「寂しい思いをさせたか?」

「え?」

「オレは、ネジとテンテンに寂しい思いをさせただろうか」

 急にガイ先生は真面目な顔になった。

「リーは、オレに似ていた。忍術の才能がなくて、落ちこぼれと呼ばれて。放っとけなかったんだ。あの子に立派な忍になってほしかった。担当上忍以上の入れ込み具合だとは、自分でも理解している。オレは、明らかにテンテンとネジよりもリーのことを優先していた」

「先生、私は先生を責めたかったわけじゃなくて」

「すまなかった」

 ガイ先生は隣で頭を下げる。そんな顔が見たかったわけじゃなかった。

「先生、前にも言いましたけど、私は先生が好きです」

 また、言うはずじゃなかった言葉が口から溢れ出る。

「だから、リーが羨ましかっただけです。こんなこと言ったら、最低だけど、私も忍術が使えなかったらって、思ったこともありました。でも、だからといって、ガイ先生が私たちを蔑ろにしてたわけじゃないです。これは、私の勝手な気持ちなので」

「テンテン……」

「あ、あんみつ来ました! 食べましょう」

 ガイ先生の言葉を待たずに、あんみつを胃のなかに入れる。

 私たちはすぐにあんみつを食べ終えた。もう行く場所なんてなくて、この楽しい時間も、ここで終わってしまう。

「ガイ先生、これ」

 ずっと渡そうと思っていたものをやっと手渡す。

「なんだこれ」

「家でスパイスを作ったんです。前、辛いものが好きだと言っていたので」

 うまく顔が見れない。下を向いて早口で言葉を紡ぐ。

「ありがとう、覚えていてくれて嬉しい」

 その時、そっと肩に手が触れた。顔を上げると、ずっと見たかったあの顔が、そこにあった。

「テンテン、これが答えになるかは分からないんだが、君は17歳になったばかりで、まだ未成年で、オレはその気持ちに今応えることは、やはりできない。でも、いつも嬉しかったんだ。嬉しいと言っていいのかもわからないが、いつも嬉しかった」

 まるで初めて告白するような少年の顔をして、ガイ先生はいつもの大きな声とは別人みたいな小さい声で呟く。

「来年も、祝わせてくれないか。待っていてくれとも、思い続けてくれとも言えないが、オレはその時に君に同じ言葉を伝えたい」

 先生の手が、私の手を握る。それは手を繋いでいるわけではなくて、ただの握手だったが、ガイ先生に触れられるのはそれが初めてで、始まりだった。

「私が誕生日なのに、先生は何もくれないんですか」

 精一杯の強がりを言わないと、泣いてしまいそうだった。

「す、すまん」

「嘘です、いつもたくさんもらってますから」

 今日だけは、青春も悪くないなと思えた。