きっと夢でもあなた色
基礎的な走り込み、組み手、それぞれの新しい術の出来なんかを確認した頃には、もう太陽は真上まで来ていた。
最初の頃に比べれはオレの生徒たちはずいぶん成長した。基礎も基礎の修行程度では息一つ上がらないほどに、忍として随分出来上がってきていた。
だというのに、その日は珍しく3人のうち、テンテンだけが疲れて見えた。
息が乱れるほどではないが、普段、男の子たちにも引けを取らない彼女が少しだけ後ろを走っていたり、小休憩のたびにパタパタと手で顔を仰いでいる。
「テンテン。どうした。今日はどこか調子が悪そうだな!」
オレが大声で尋ねると、休憩中なのに自主的に腹筋をしていたリーに、少し離れたところで腕を組んでいたネジも揃ってテンテンを見やった。テンテンはオレの指摘にギョッとした顔になり、みんなの視線が集中していることに気づいて、一気に顔を赤くした。
オレが大股で歩み寄り、テンテンの額当てを少しずらし、彼女の素肌に自分の手を当てた。テンテンの顔がまるで茹で蛸のようになる。
「熱はないな!だが何か症状があるなら、医者にかかった方がいいぞ!」
「ぜ、全然なんともありませんよ!」
テンテンが距離を取ろうとする気配を察知して、腕を掴んで捕まえる。そのうちに、なんだなんだとリーとネジもオレたちのところに寄ってきた。
「テンテン。具合悪いんですか!風邪ですか!」
「無理をするくらいなら、薬湯を飲んで寝ていた方がいい」
同期たちにまで迫られ、三者三様の目でジロジロ観察され、テンテンはしばらくあーとかうーとか言っていたが、やがて渋々と白状した。
「ちょ、ちょっと、昨夜、書物を読んでいて。…まあその、ただの寝不足です」
「なにい!それはいかんぞ、テンテン!体調管理は基本中の基本中の基本だ!」
オレは担当上忍として一応は叱ってみせたが、内心は、風邪やそれ以上に悪いことでなくてほっとしていた。ネジもいつもの無表情ながら、さっきまであった眉間のシワが消えている。リーは素直に「風邪じゃないんですね!よかった!」と喜んでいる。
テンテンは恥ずかしさを通り越して冷静になったのか、なんだかしょげてしまったようだった。これがもっと不良生徒ならまだしも、普段から物わかりが良く、あまりこういった失態をしないテンテンだから、やけに思い詰めているようだ。
オレは顎に手を置いてちょっと考え込み、やがていいことを思いついた。
思いついたら即行動。カッコよくポーズを決めながら、今日の訓練内容を変更して発表した。
「よし!今日の訓練は!!昼寝だ!!!」
点々が目を丸くしてオレを見上げる。背後から、ネジの視線が突き刺さっているのを感じる。
「なるほど!昼寝という訓練!!それは初めてです!!!で?!!何を鍛える訓練でしょう!!!」
こういう時、リーは本当に的確なタイミングで質問してくれる。オレは胸を張って答えた。
「いいか!忍びたるもの、体力を温存するため、いつどんな時、どんな場所でも眠らなければならない時がある!!今日はその訓練を行う!!!」
「い、いや、そんな、私は大丈夫ですよ!いつもの訓練で!」
急展開に慌てたテンテンがオレの袖をひいたが、オレは逆にその手を掴みなおした。
「今日は特別訓練だ!決まりだ!!全員、ついてこい!」
修行場の中でも、ちょうど大きな木陰ができる場所がある。
テンテンの手を引き、やる気に満ちたリーと、微妙に納得していなさそうなネジもきちんとついてきたのを確認してから、オレは影の中にどかっと腰掛けた。
テンテンはちょうどオレの膝に乗り上げる形になり、驚いた猫みたいに目を丸くしていた。
「お前らも来い!」
「はい!ガイ先生!!」
リーがオレの左隣に滑り込むようにして横たわり、しばらく迷っていたようだがネジも右隣に腰掛けた。
「ちょちょちょっと!先生!?」
「どうしたテンテン!これは訓練だぞ!集中して!!寝ろ!!!」
オレが額に人差し指をとんっと押し付けると、テンテンはグッと唇を噛んで黙った。頬がまた、さっきみたいに真っ赤になっている。
最終的には、上忍の指示に従うと決めたのだろう。テンテンは尻が落ち着かないのかしばらくモゾモゾと動いていたが、やがてちょうど良い場所を見つけたようで、オレの胸にことんと頭を寄せた。
リーの方を見ると、もうすっかり鼻提灯をぶら下げて眠っていた。ネジは目を閉じているが、まだ微かに起きている気配があった。
たまにはこんな日もいいだろう。常に厳しい訓練を重ねている子供達だ。遠くで小鳥の鳴いている声がする。午後に入って少し暑いくらいだが、木陰にいる分にはちょうどいい。
「先生…」
控えめな声にオレが下を向くと、眠ったと思っていたテンテンがじっとこちらを見ていた。
「目をつぶらなければ眠れないぞ?」
リーが寝ているので小さな声で言うと、テンテンは目を閉じているネジの方を見てから、オレに向き直った。
「さ、昨夜読んでいた書物なんですけど…」
「お?おお。何を読んでいたんだ?」
テンテンのことだから何か忍具や暗器の類の書物かと予想しながら尋ねてみる。
しかし、答えは意外なものだった。
「先生の今までの任務の、記録」
「オレの?」
テンテンは相変わらずなんだか恥ずかしそうで、オレにはよくわからなかった。そんなものは里の者であれば許可されれば見れるし、深夜まで熱中して読むほど面白いものじゃない。
だがテンテンには違ったようだ。
「たまたま書庫で見つけて、最初はなんとなく眺めてただけなんですけど、だんだん止まらなくなって。先生が助けた人の名前とか、どういう作戦を指揮したとか、そんなのが羅列されてるだけなのに、なんか、その時先生が頑張ってる姿が浮かんできたりして、それで」
テンテンはもう一度ネジの方を見た。規則的な呼吸をしているネジを確認してから、オレをちょいちょいと手招く。
顔を寄せると、呼吸が触れる距離でテンテンの唇が耳元に囁いた。
「す、すっごく、かっこいいなあって…」
オレはしばらく無言だった。テンテンは、そこまで言って満足したのか、また恥ずかしくなったのか、おやすみなさい!と叫んでオレから目を背けた。
でもオレの膝に乗っている体は、不自然にカチカチだし、耳は真っ赤になっている。
「それで寝れなくなったのか」
「…」
「かっこいい先生を想像して」
「…」
「夜通し、オレのことだけ考えて」
テンテンは答えない。オレは構わなかった。もう限界だったからだ。
ガシッとテンテンを抱きしめ、ぎゅうぎゅうにしながら、オレはその場にバーンと寝そべった。
「よし!じゃあ今夜は、オレが直接、オレの武勇伝を語ってやる!!」
「な…!」
「その方がずっとかっこいいオレを想像しやすいはずだ!!」
「ば、馬鹿じゃないですか!そんなことして、また寝れなくなったらどうしてくれるんですか!また次の日、訓練に支障が出たら、先生のせいですよ!!」
「いや!これもまた訓練だ!精神鍛錬のな!!」
「こじつけないでくださいー!」
テンテンがジタバタとオレの腕から抜け出そうとしているが、まだまだ甘い。オレは離す気が全くないのだから。
「今夜に備えて今は寝るぞー!」
「変な言い方やめてください!」
はっはっはと笑うオレの顎に、テンテンの頭突きが炸裂したが全く平気だ。
ふと視線を感じて横を見ると、ネジが薄目を開けてオレたちを見ていた。だが何も言わず、やれやれというように小さく鼻で息をついて、目を閉じた。
リーは起きるどころか、イビキをかきはじめている。
テンテンの手が胸を叩くのを感じながら、オレはさらに笑いが止まらなかった。